あのゲームの90年代回顧
終ノ空リメイクにも90年代回顧とその脱却の1シーンみたいなものあったのでメモがてら記事にしておく。最近だとエヴァが同じようなことをやっていたのだけど、あの時代を過去として認識しようとする運動があるのだろうか。あるいは捨て去るためにあえて定義しなおしているのか。まぁ今更ニヒリズムを肯定するような書き方をしても受けは悪い出し、切り捨てるような書き方をするのもわかるのだけれど、なんだかなぁ。納得がいかない。
ツァラトゥストラか道徳の系譜の引用もかなり書き換えられていて興味深い。インタビューでスピノザを読んでかなり影響を受けた、と答えていたのでこの部分のことだと思う。生きるべきか死ぬべきか、この世に価値はあるのか。雰囲気で生きた方がいい、と思わせつつ語りの部分において価値を否定してるあたり「終ノ空」らしい。ウィトゲンシュタインの影響を直に受けた素晴らしき日々のように「幸福に生きよ」とならないのも然り。
本来は総評を書いたり点数つけたりすべきなんだろうけど、この作品に関しては冷静になれないから無理だ。哲学科に関わった原因だし、さっさと形而上学に背を向けて倫理学に転向したのもこの作品が遠因になっている。いや、感想云々の前に理解できない、としたほうがいいんだろうか。ウィトゲンシュタインもスピノザも講義で学んで、ニーチェも授業で対訳を読んだりしたけれど、これほど切実に、熱中することはできなかった。本を読んで仕組みを理解できても感覚で捉えることはできない、ゲームで雰囲気をつかんでも理論を理解できない、眺める角度をいくら変えてもどちらの中核に至ることができない。ただただ悔しさだけが残る。それにしても難しいゲームだな。