2013/06/01-

時間の無駄だから読まないほうがいいよ。

三次訪問

 ついにやってきました。朝霧の巫女稲生物怪録を追いはじめて十数年、完結してから十年をえての訪問です。

 まずはJR三次駅から。作品の順序から言えば太歳神社に行くべきなのだろうけれど、自分にとってこの作品は世界の境界を巡る物語。

 現世と幽世を隔てる場所から旅をはじめることができたのは感慨深い。

 次は高谷山展望台。登った途端になんと雨が降り、もうもうと霧がたちこめた。第一巻の「霧にのみこまれて、透明にすいこまれるかんじ」がわかる。最初は原作の風景をこの目で観ることができたら……くらいの気持ちだったのだけれど、まさかその風景そのものがあらわれてびっくりしてしまった。

 前日譚の妖の寄る家柳田國男風だったので、この作品には遠野物語のような原点がある、と思っていた。しかし、この霧を目の当りにするとそれが間違いだったことがわかる。この三次の山から見た朝霧こそ原風景だろう。

 で、次は当然太歳神社。雨が降っていた事もあって、こちらもただならぬ雰囲気が漂っていた。祀っている神は木花之佐久夜毘売命。このような自然現象に溶け込んだ神社仏閣を観るたびに人間や環境あってこその宗教だということを思い知らされる。京都とか奈良はどっちかというと暴力装置ですからね……。

 神社から少し歩いた場所にあるのは稲生武太夫碑。言わずと知れた稲生物怪録の主人公。このあとの稲生もののけミュージアムへの訪問、稲生物怪録絵巻との対面に備えて手を合わせる。

 施設は大きくないし展示の量は少ないのだけれど、見せ方は面白かった。館長の湯本豪一氏が民俗学者ということもあってか、幻獣と妖怪の違いや時代毎の特徴に着目し分類学のような見せ方を目指している。このジャンルは水木しげるといった作家に軸を置いた作家論や鬼太郎などのメディア論が人気だがそれとも違って独特の雰囲気があった。展示を兼ねた研究というあたりは動物園とも似ており見所は多い。

 で、ついに稲生物怪録の絵巻と対面。(複製だけど)どれも面白いが、特に興味を引いたのは男の頭から赤い赤子を吐きだす男とミミズを垂らす妖怪とその横で笑っている巨大顔面。場面はグロテスクだがゆるっとした筆遣いが中和している。そして何より意味がわからない。画集で見たときも何をやろうとしているのかわからなかったが、実物にも意味なんてなかった。だがそれこそが巻物の本質なのだろう。ありがたく拝見させていただいた。

 現地で気がついただが、これは頭から赤子が這い出してきたのではなく、男が赤子を吐き出している場面だ。数日前の事件には赤子が主人公だったから文脈で読んでいたのだが実は誤解だったらしい。(平田篤胤の編集本にはどう書かれているのだろう)

 ミミズ男の横で笑っている顔面についてはそのまま書かれていたので、あの顔は笑っているだけなのだろう……馬鹿みたいだね。

 

 帰りは東地屋にて泡雪をいただいた。白い部分はメレンゲを生菓子風にしたもので名前のとおり泡のようにふにゅふにゅとしている。黄色い部分は黄身の羊羹でメレンゲの箸休め。甘さは控えめの非常に上品な和菓子だ。地元の奈良のきみごろもに似ているが、それよりももちっとしていて弾力がある。

 何故か広島の特産にはなってないし、三次の名を知るまではこのお菓子の存在は知らなかった。きみごもろが奈良の特産になりえるのなら、この泡雪も人気になるはず。田舎の和菓子で終わらせるにはもったいない。また訪れる機会があるなら箱で買って帰ろう。

 

 で、先ほど帰宅。写真を撮った分には楽しかったが、振り返ってみれば困難続きだった。はじめて訪れる地域は高速不使用が原則なので走行時間はおよそ十時間。その上、獣を轢きかけたりガス欠寸前で身動きがとれなくなるなどの事件も体験した。

 特にガス欠は大きな問題でタイミングが悪ければ帰ってこれなかったかもしれない。ガソリンの残量不足に気がついたのは23時頃で場所は岡山は津山の山中。実は岡山のスタンドは遅くとも九時には店が閉まり、翌日の七時まで給油することができない。そのまま走り続ければ山中で孤立、かといって二十四時間営業のスタンドもないという状況だった。結局はスタンドの前の空き地に停車し開店を待ったわけだが、あのまま走り続けていれば山中で孤立しただろうし、停めている間にトラックにぶつけられていたかもしれない。長距離運転手からすれば笑い事なのかもしれないけれど、これを生業にしている人はすごい……車の諸々の整備に加えて山中や狭路を走る車体感覚を身につけているわけだから頭が下がる。

 そんなわけで念願の三次訪問が叶った。聖地を訪れただけでも満足なのだが町並みも人もすべてがよかった。今回はある意味では天候が味方していたが、次は晴れている日に訪れたい。

 で、次は出雲を訪れる予定。揖夜神社と黄泉比良坂、時間があれば小泉八雲記念館。GWは仕事がつまっているので六月のはじめに出発できればいいな。予習に折口信夫も読みきらねば。