2013/06/01-

時間の無駄だから読まないほうがいいよ。

四条で飲んで遊んで

 引越しの準備もあらかた終わったので「最期だから写真でも撮りに出るか!」と勇み足で四条まで下りたのだけれど、けっきょくビアホールで飲んで酔って、きがついたらアパートで突っ伏していた。(この文章も二日酔いの頭を抱えながら書いている)

 まぁいいか……森見ブームで先斗町も寺町も嫌になるほど写真に撮られているわけだし。(四畳半、有頂天等々の小説題名で検索すれば直ぐに見つかる)

 当初は四条の風景を切り取る、というようなことをやろうと思ったのけれど、材料もないので泥酔していた時の一枚を貼っておく。自分への戒めも兼ねて。

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 これは昼に丸善で食べた早矢仕オムライス。卵の焼き加減、厚さが共に絶妙でルーと溶け合っている。美味。

 

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平家3

 アマゾンプライムに来ていたので兄弟と一緒に鑑賞。大事な鹿ヶ谷の陰謀なのにクローズアップとカットバックが多い。あまり好みの画ではなかったからさらっと流していたのだけれど、見直したら実相寺風のカットが要所要所で挿入されていて面白かった。

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 PVでも使われていた脚のロングショットもここで登場。ジャンプカットやるのかな、と当時は思ったのだけれど、そっち方面の演出はない。

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 重盛が清盛を諌めるショットも超ローアングル。

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 いや、なんで見逃してたんだろ……寝ぼけてたのかな。ただし、(良い意味で)歪なショットが多いのに対してワンテイクの動作は少ない。ショットの強さで勝負するなら編集は短めになる、というのは映画アニメ両方の必然なんだろうか。

 それを補うためなのか足/脚をつかった動きは多いのだけれど。

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 他にも眼の超クローズアップや左右両方詰めの構図が多様されていて、けっこうぬーヴぇるばーぐっぽい。詰めの構図は1,2でも使われていたのでいずれまとめたい。

丸善で早矢仕を食べたり平家を見たり

 来月には京都のアパートを引き払って奈良に戻る、ということで行ってきた。

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 酸味の多い、トマトベースの味付けだった。カレーやデミグラスソースはまず野菜と肉で出汁をとるものだけれど、このハヤシライスにはない。特に肉の味は皆無といってもいいほどで、トマトにふわっと旨味がのったような、上品な味わい。おそらく、市販のルーで再現するのは困難だろう。また食べたい。

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 これはセットについてきた檸檬ケーキ。丸善といば檸檬檸檬とくれば梶井基次郎。京都の店舗ということもあってその辺を”わかった”献立。味も檸檬に相応しく渋みがきいている。ただ、単にえぐいのではなく檸檬の部分をムースが覆うことで味を相殺し合っていて、ケーキとしての完成度も高い。これもまた食べたい。

 

 もう引越しまで秒読み段階にはいっているのに何でここで欲が出てくるんだろうね。よくないよくない。

 

 あとアニメの平家物語を観た。

 これが困った作品なのだ。実は「平家を見たり」という題にしたのには訳がある。これは「平家の物語」であって「平家物語」ではない。

 第一話で殿下乗合事件を「語り」と「紙芝居」で済ませていることからわかるように、この作品には古典としての「平家物語」を語るつもりがない。これは作中の運動、何が動いているかを観ていればよくわかる。

 代表的なのは「眼」と「手」の連動だ。眼そのものが何を観ているか、については多くは語らない。三井寺、壇ノ浦、平家物語を児童書で読んだ人間にもそれが何であるかは容易に想像できるだろう。いや、できてしまう、と言うべきか。そこには平家物語という既存の物語以上のものはない。脚本上の設定から導き出された当然の帰結だ。(涙、瞳孔等々の情緒を表す「目」ももちろん登場するが、主題から逸れるのでここでは触れない)

 しかし、「手」にはそれがない。むしろ「手」はそれを塞ごうとする。びわも重盛も未来がフラッシュバックする瞬間に手で眼を塞ぎ、拒絶しようとする。この彼らの反応は我々にとっては古典として語られてきた平家「物語」の拒絶でもある。物語を語ること/読むことへの疑問と言ってもいいかもしれない。

 予備的なショットだが手に関する動きは他にもある。平家一門や清盛がはしゃいだ時に挿入される「禿頭を叩く手」、重盛がびわと出会う所で他の武士の「抜刀を止める手」、手、手、手...。冒頭、取締りを行うかむろにびわが詰め寄ろうとする場面でそれを父親が引きとめようとするが、そこにも「引き止める手」の運動がある。手が物語を突き動かしていく。

 語る手段は他にもあったはずだ。映画なら衣笠貞次郎の地獄門や横溝健二の新平家物語、もうちょっと遡れば講談、さらにさらに遡れば平曲だってある。(琵琶法師に至っては冒頭で「斬られている」)しかし、この作品はその「血湧き肉躍る」「焼き直し」を拒絶し、語りそものを疑問視している。

 だから、この作品は「平家物語」ではない。起承転結、序破急、文化的類型、そういったものに通じる道を「運動」することで自ら閉じている。文字をなぞるのでもなく、語り聞かせるのでもなく、自ら動くことによって「平家」を表すためだ。

 物語の起伏に乏しい、といえばそうかもしれない。商業作品である以上は読者を取り込む努力はしなければならない。ただ、それが古典である必要もない。山田尚子のファンであってもかまわないはずだ。言ってしまえば、作家主義を貫き通すことで古典的類型から離れる、ということも可能になる。そういう意味では僕好みだし面白かった。

 

 そんな感じで観た平家物語だけど、これ見て思い出したのがベケットゴドーを待ちながらだったんだよね。人を「待つ時間」の「空間的実在感」。この作品の批評には物語る事、人を煽動することはファシズム的だ、というのがあって、今回のレビューモドキにはその観点がかなり入っている。というか別役実や等々不条理劇の独白は累計の解体や時間の引き延ばしを目的としているから別に珍しいものではないかもしれない。案外、昨今のアニメも現代劇として通用するかもしれないなぁ。(御先祖様万々歳及び押井作品は諸にそれだけど、あれは異端だしなぁ……。)

 

 ながなが書いてたけど掃除せんと。五徳にこびりついた焦げ付きが、油が取れねぇ!

11月に読んだ本

 先月より千頁ほど減った3816を読んだらしい。いや、優劣傾向いろいろあるから頁なんて数えても何も得られないのだけれど。ただ、今月に限っては本どころではなかった。スワンソングで頭が埋まっていた。

 ホッブズドストエフスキーカミュ、彼らのエッセンスが詰まっているような、そんな夢のような作品だ。混沌からの共同体の成立、組織化に伴う内紛、そこに生まれる罪悪、贖罪。

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 いや、巨匠の名前をだらだらと書き連ねるのは失礼かもしれないな。投げるような言い方をすれば、個人的には僕の大学時代が詰まったような内容だった。こんなにも自分のためにあるような作品だと思ったのはディケンズ以来だろうか。

 ちょっとヴェイユのことを思い出した。原罪についての考え方や奇跡に対してひたすら受動的あるところなんか似ている。読解を担当していた教授が「彼女にとっての神は仰ぎ見る対象、「信仰」ではない。あくまで「信」。仏教に似てもいるが、ただ待ち望むためにある」と言っていたけど、これをホッブズの思想とうまくかみ合わせてある。作中には竜樹という明らかに大乗仏教を意識した人物が登場するのにあくまで西欧的な理屈のなかで発展させようとしているのも面白い。

 あとムンクの群像画もあったな。用法はブリューゲル的で、死を前にした「不安」の「群れ」を表していた。そしてこれが闘争や共同体といった表象を通してホッブズに肉薄する。万人の万人に対する闘争。

 嗚呼、言葉にしたいことがたくさんあるのにもやもやしてできない。書きたいことは山ほどあるはずなのに。そんな感じでスワンソングおすすめ。


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 紙の方も時間をかけてちまちま読んだ。読解力が落ちるので。

 谷崎潤一郎記念館に行くか、みたいな話があったので数冊ほど読み直したけど中止になったな。春琴抄と刺青の二冊は良かった。尊いと言った方が正しいか。

 ただ純愛なので縁はない。というか無垢なものを読むと喉が渇く。悲恋失恋の方がいい。たぶん自分の人生と合致しているからだと思うが養分になる。いやでも「秘密」は悲恋ストーカーものだったな。犯人の側に共感する、という意味であれは面白かった。

 そんな感じ。そういうわけで来年は悲恋失恋を読んでいきたい。

 

2021年11月の読書メーター
読んだ本の数:15冊
読んだページ数:3816ページ
ナイス数:83ナイス

https://bookmeter.com/users/159174/summary/monthly/2021/11
■若い兵士のとき (改版) (岩波少年文庫)
ドイツの戦記にしては泥臭い、が、単に汚いのではなくどこまでも日常感が漂っている。死体した兵士のピカピカのブーツを剥ぎ取ろうとするドイツ兵に息も絶え絶えな負傷兵を面倒そうな顔で見下ろす軍医、出征する兵士の親に向って”終わり次第作業に入ってくれ”と圧をかける職長。かといって傍観している主人公が何もしていない、というわけでもなく下士官に任命されたら部下を泥沼に突っ込ませるし撤退の際には民間人を蹴散らして戦車を走らせる。仕事だから、生き残るためだから、いくらでも理由は思いつくがそのどれもが同時代的な問題を孕
読了日:11月28日 著者:ハンス・ペーター・リヒター
https://bookmeter.com/books/497152

■ぼくたちもそこにいた (岩波少年文庫)
国家主義とか洗脳とか特殊なように見えるけれど、結局のところ物事をどんどん単純化していって共同体の方針と摩り替えていいように従わせる方法だということがわかる。校長が朝礼で道徳を云々をだらだらしゃべった挙句にヒトラーを称え、ヒトラーユーゲントを持ち上げるって状況は甲子園に出征していく球児を見送る高校のそれとあまりかわらないし、子どもたちが青春をかけて戦闘訓練に励むというのもシチュエーションとしては高校野球のそれと同じ。
読了日:11月23日 著者:ハンス・ペーター リヒター
https://bookmeter.com/books/61367

■あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 520)
窓硝子を割った責任の押し付けとかプールでユダヤ人と同じ水に浸かったことへの嫌悪感とか、そういう肌感覚に関わる部分が印象的だった。もちろん暴力や略奪も描いてはいるのだれど、そういった”わかりやすい”犯罪行為”以前の部分が不安を誘う。昨今のコロナ情勢下では人前でマスクを外すと刺々しい目で見られるけれど、こういう穢れ=排除すべき、という考え方は作中の差別にも通じていて、半世紀前のドイツにいたら自分もやってしまうのではないかと事を考えさせられる。少なくとも止める側に回る事はできないと思う。世論の難しさを思い知ら
読了日:11月23日 著者:ハンス・ペーター・リヒター
https://bookmeter.com/books/449614

■ベルリン1919 赤い水兵(上) (岩波少年文庫)
戦時下を舞台にしておいて革命や共産主義について自由に議論しているって所から無理があるし、真っ当な保守派が一人もいない状況はもう不可能としか言いようがない。WW1の状況説明も噛み砕きすぎて流動食状態になっている。あと「お腹が減った」状態をままにお腹を空かせてたなんて書いてしまう詩情のなさには辟易した。セクト化を警戒するエーベルト支持者とスパルタクス派がにらみ合う場面はまぁまぁだけど、良いところはそれだけ。ピオニール向けの教科書みたい。
読了日:11月19日 著者:クラウス・コルドン
https://bookmeter.com/books/15112063

羅生門/杜子春 (岩波少年文庫 509)
蜘蛛の糸なんかは文字通りにそうだけど、最後にフッと緊張の糸が切れる感じがいい。魔術も杜子春も強欲が祟ってひっくり返る御話。仙人と羅生門は逆に欲を煮詰める型だけど、これはこれで重みがあって楽しかった。
読了日:11月18日 著者:芥川 龍之介
https://bookmeter.com/books/220081

山椒魚 しびれ池のカモ (岩波少年文庫)
しびれ池の鴨はままに政治風刺なのだろうけれど、人形ものとしても面白い。馬鹿だの生意気だのと罵られていた「剥製の鴨」が鴨の大将となり人間を翻弄する楽しさ、最後には人間に釣らせた鮒によって動力を得る滑稽な感じがこそばゆい。山椒魚とサワンも囚われることの窮屈さが出ていて良かった。
読了日:11月18日 著者:井伏 鱒二
https://bookmeter.com/books/153786

走れメロス 富嶽百景 (岩波少年文庫 (553))
やっぱり富嶽百景が際立っている。ものを書き写すのではなく紙に、心に投影することで富士は無限の存在になっていく。メロスも疑心暗鬼になった王を友情ひとつで浄化してあいまうのがいい。浦島とかちかち山はいつもの太宰という感じ。一言余計なんだよ。
読了日:11月17日 著者:太宰 治
https://bookmeter.com/books/419923

■女生徒 (角川文庫)
父の不在や自分の意志とは無関係に成長する身体といった思春期の不安、拡散していくアイデンティティプルースト風に描写していて面白かった。が、その短編自体が某女生徒の日記からの流用というのが悲しい。今まで読んだ太宰作品でいちばん好きかもしれない、とか思った途端にこれだよ。計算ずくなのかもしれないが、太宰はいつも人をイライラさせて振り回すね。
読了日:11月17日 著者:太宰 治
https://bookmeter.com/books/563487

人間失格 (角川文庫)
出版社の女のもとに転がり込んだり女に空の財布を笑われて一緒に海に飛び込んだり窓一枚隔て寝取られの現場を目撃したり、概ね太宰治という人間の自伝。そういうフィクションか?と思わせるくらいに女のことしか書いてない。太宰に深遠な思想なんてものを期待してもしょうがないけど、この題名でこれを世に出す勇気というか傲慢にはちょっと感心した。
読了日:11月15日 著者:太宰 治
https://bookmeter.com/books/569511

■刺青・少年・秘密 (角川文庫)
エロ(刺青)ありサイコホラー(悪魔)ありコメディ(幇間)ありミステリー(秘密)ありのジャンル総なめの短編集。主題も表現も越境的で、サドマゾに括られがちな谷崎が如何に複雑な作家だったかを思い知らせてくれる。今でいうストーカーを不気味に、得体のしれない化物として描いた「悪魔」と洋館ホラーとサドマゾを合わせた「少年」が好き。
読了日:11月14日 著者:谷崎 潤一郎
https://bookmeter.com/books/17331317

春琴抄 (角川文庫)
ひたすらツンが続くツンデレ。デレの方はほとんど書かれてはいないのだけれど、不思議と伝わってくる。冷え性の春琴を身体で暖める場面や妊娠をひた隠しにする等はもちろん「エロ」いのだけれど、春琴を襲った不幸や佐助の決断の比重が多い。むしろ純愛として読まれるべき作品だと思う。(文字通り)盲目の恋愛小説。
読了日:11月11日 著者:谷崎 潤一郎
https://bookmeter.com/books/11001128

■暗い部屋 特典小冊子
野球部に入ろうからあなたには資格がありません、までの飛躍とそのあとの只管傷つけるための罵詈雑言がすごい、傷口にめっちゃ染みる。
読了日:11月04日 著者:唐辺葉介
https://bookmeter.com/books/10341875

PSYCHE (プシュケ) (スクウェア・エニックス・ノベルズ)
どこまでも曖昧で都合のいい小説だけど、それがそっくりそのまま仕掛けになっているすごさ。藍子が飲まなかった紅茶も、姉の亡霊への嫌悪も夢に合わせて脳をチューニングした結果として生まれた現象で、そういったメタ認知が虚構の骨格を再帰的に補強している。蝶を飲んでイマジナリーファミリーを生み出すあたりの発想もすごい。まさか例え話が幻覚として実体化するとは荘子も思わなかったろう。
読了日:11月04日 著者:唐辺 葉介
https://bookmeter.com/books/571466

■死体泥棒 (星海社FICTIONS)
死体を盗んでどうこうではなく真っ当なモラトリアムなラブストーリー。劇中はピエロに師事したりホームレスに殴られたり詐欺師っぽい学友に振り回されたり、と碌なことがないのだけれど、だからこそ死体との同棲生活が輝いている。臓器移植の傷痕を愛でる場面と火葬場で骨を拾う最後が悪趣味なほど詳細なのだが、それが同時に彼女との距離感を教えてくれる。骨まで愛する、というのはこういうことを言うのだな。
読了日:11月03日 著者:唐辺 葉介
https://bookmeter.com/books/4490911

ドッペルゲンガーの恋人 (星海社FICTIONS)
なんでこれが早川JAではないのか不思議なほど純度の高い医療SF。同世代のあなたのための物語よりすごい。復刊してくれ。与えられた記憶と移植した触感の記憶の齟齬、移植した記憶にない鉛筆削り、実家に、恋人に残してきた思い出。そういったオリジナルにだけ許された身分証明がクローン体のアイデンティティをずたずたに引き裂いていく。パニックに陥る検体を”ただ見ている”だけの冒頭といい最期のクローンたちの結婚と共同体の形成といい、マッドサイエンティストレベルも非常に高い。
読了日:11月03日 著者:唐辺 葉介
https://bookmeter.com/books/4017092


読書メーター
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10月に読んだ本

 007を観にいったついでにアシェンデンを読んだり、その舞台になったイギリスに関係してホームズとかディケンズに触れたり、まぁ思いつくままに読んだ。

 モームとコナンは娯楽なのであまり考えることもないのだけれど、ディケンズはちょっと辛かった。見放された世界で必死に生きる人々、その世界を辛うじて維持するためのルール、それを守ることで生まれるストレス、流れる涙、絶叫。労働者階級の親を持つ僕にはこれがよくわかる。フェイギンやサイクルの気持ちも。

 オリヴァーツイストという作品はよくできていて、そういった暗黒街を際立たせるために金持ちが登場する。彼らは下々の人間を軽蔑することで自分たちを高め、その無知を土台にして愛を育む。欠乏を知らないからこそ築かれる人間関係、満たされているからこそ育つ人格。オースティンなら精神性などで括ってしまうそれらをディケンズは区別し、構造的に示してくれる。

 彼の作品には何の主張も書かれていない。共産党宣言のように人を昂ぶらせる感情はない。しかし、それ故に生の現実を、社会の構造が持ってしまう悲しさを教えてくれる。

 個人的には二都物語も印象的だった。物語はロンドンを離れて田舎に帰って終るのだけれど、あれは成り上がりの限界を語る手段だったのではないだろうか。上にも下にも仲間のいない人間は一生を境界人として生きるしかない。子を育て、社交界に参加させれば名誉欲は満たされるだろうが、自身はそうはいかない。死ぬまで未熟者であり続けなければならない。会話の流れで、言葉遣いで、食の好みで、服飾で、あらゆる生活感のなかで呪いのように出自はついてまわる。僕自身がなり上がりということもあって、知識や作法、出自を馬鹿にされる苦しみがよくわかる。僕も何者にもなれずにこのまま死ぬのだろう。

 まぁ、そんな感じであった。

 

2021年10月の読書メーター
読んだ本の数:14冊
読んだページ数:5402ページ
ナイス数:67ナイス

https://bookmeter.com/users/159174/summary/monthly
■大いなる遺産 下巻 (新潮文庫)
オリヴァー、いや、あらゆる教養小説の「その先」。紳士の仲間入りからはじまった物語が破綻していく。娘を男を陥れる道具にする未亡人、女を物のように考える紳士、道具に徹したことで自壊する娘。遺産でさえ主の獄死によって途絶えてしまう。田舎に帰ってみれば相棒と想い人が結婚している。成長も出世もない、階級を越えた物語がここにある。
読了日:10月31日 著者:ディケンズ
https://bookmeter.com/books/15729081

■大いなる遺産 上巻 (新潮文庫)
オリヴァーのその先、貧乏から「逃れ」富を得た少年ピップの成長物語。作法を身につけるにしたがって離れていく相棒、言葉を覚えたことで噛み合わなくなる会話、意思疎通の中断はやがて断絶になっていく。ディケンズ自身が庶民の出ということもあって階級間の文化的齟齬の様子が生々しい。心身の成長を描いた教養小説はたくさんあるが、これほど社会的な作品ははじめて読んだ。
読了日:10月29日 著者:ディケンズ
https://bookmeter.com/books/15729080

■オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)
オリヴァーを通した19世紀ロンドン、ホワイトチャペルの素描。生きるために喰らい、盗み、人を貶める貧しき人々と愛情に満ち、他者を尊ぶ金持ち。善悪で言えば愛に囲まれている方が良いに決まっているが、すべての人間がそういった環境に生まれるわけではない。子どもたちにスリを教えるフェイギンも、男への依存をやめられないナンシーも、おそらくサイクスでさえ階級が違えばもっと良い人間になっていただろう。しかし、富が行き渡らないからこそ社会は成立しているのだ。階級を行き来したオリヴァーツイストは自身の境遇をもってその歪みを
読了日:10月27日 著者:チャールズ ディケンズ
https://bookmeter.com/books/11728097

■回想のシャーロック・ホームズ【新訳版】 (創元推理文庫)
何と言ってもマスグレーブ家の儀式書。解読したら文章そのものは清教徒革命の記録で、隠されていた宝はチャールズ二世の王冠という世界史+推理+宝島みたいな発想が兎に角にくい。ギリシャ語通訳や海軍条約事件といった間諜要素もあって冒険よりも深みがある。背の曲がった男のように「いつもの」復讐譚もきっちり収録。楽しかった。
読了日:10月24日 著者:アーサー・コナン・ドイル
https://bookmeter.com/books/604310

シャーロック・ホームズの冒険 (創元推理文庫)
長編の面白おかしい部分を凝縮したような作風でとても密度が高い。アイリーンアドラー(重要)やら謎の組織(赤毛組合)やら謎の組織(KKK)やら蛇やら結婚相談やらやら陰謀臭い作品が多くてとても楽しかった。今ではホームズにステロタイプなイメージがついているけれど、聖典の自由奔放さには驚かされる。個人的には青い柘榴石が好き(青い紅玉のままのほうがよかったな)
読了日:10月22日 著者:アーサー・コナン・ドイル
https://bookmeter.com/books/536022

■恐怖の谷【新訳版】 (創元推理文庫)
バスカヴィルのゴシックホラーに続いて今回はノワール。といっても推理小説的な犯罪ではなく、暴力団が舞台。酒場で子分に酒を振舞う首領に秘密の入会儀式、焼印に秘められた誓い。犯罪を暴こうとする”新聞記者”がリンチに合う等々、禁酒法時代を思わせる犯罪が次々と登場する。緋色の研究からアメリカ、インド、イギリスの田舎と巡ってきたけど、どれもヴィクトリア朝末期の薄暗い雰囲気が楽しかった。推理と人物造詣を重視した短編もいいけど、長編には独特な味わいがある。
読了日:10月20日 著者:アーサー・コナン・ドイル
https://bookmeter.com/books/9819521

■バスカヴィル家の犬 (創元推理文庫)
緋色、署名と冒険が続いて今度は怪奇小説。平原に聳え立つモノリス、底なし沼に木霊する遠吠えに火を吹く巨大な魔犬と奇奇怪怪な現象や化物が盛りだくさん。推理云々よりもおどろおどろしい雰囲気の方が盛り上がるあたり失われた世界の作者だなとか思った。
読了日:10月19日 著者:アーサー・コナン・ドイル
https://bookmeter.com/books/6277794

■四人の署名【新訳版】 (創元推理文庫)
緋色の研究とおなじく活劇要素が濃い。一作目のアメリカに対してインド、モルモン教の代わりの原住民トンガ、その背後には義足の元インド駐屯兵に彼と盟約を交わしたシク教徒がいる。ホームズ自身も変装するし警察官を先導して快速船オーロラ号を追跡劇を展開するなど映像的な見せ場も多い。推理小説としてはあれだろうけど、読み物としては非常に面白かった。
読了日:10月19日 著者:アーサー・コナン・ドイル
https://bookmeter.com/books/3359926

■緋色の研究【新訳版】 (創元推理文庫)
地味だとあまり評価されてない作品だけど実は西部劇ありカルト集団ありの何でも小説。推理だけではなく冒険、恋愛にかなりの頁がさかれていて、むしろ「冒険」にはない面白さがある。捜査は地べたから机椅子、最期に死体へと段階的に見る方法で後年の作品群と一緒で、屋敷につくなり足跡と轍からはじめるあたり変わらないなーと微笑ましく思った。
読了日:10月17日 著者:アーサー・コナン・ドイル
https://bookmeter.com/books/663889

■寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)
読了日:10月17日 著者:ジョン・ル・カレ
https://bookmeter.com/books/504304

■英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)
モームがスパイものを書いていることがまず驚きなのだけれど、人物造詣から落とし方まで彼らしい書き方で腑に落ちるものがあった。メキシコの伊達男にお喋りなロシア人、反乱軍の英雄とイタリア人の大恋愛と裏切り。登場人物は個性豊か、というかキャラクターチック。真面目な話にしても死に様にどことなく詩情がある。洗濯物に固執して逃げ遅れてしまったハリントンなどは代表的だろう。ボンドほど派手ではないがルカレほど厳しくない、モーム印のスパイ小説。(それ以外に形容のしようがない)
読了日:10月14日 著者:サマセット モーム
https://bookmeter.com/books/11985209

■寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)
いくらなんでも寒すぎる。
読了日:10月12日 著者:ジョン・ル・カレ
https://bookmeter.com/books/504304

■スパイのためのハンドブック (ハヤカワ文庫 NF 79)
思っていたよりも派手だった。色仕掛けに気をつけろ、政府高官や金持ちを相手にするなら派手に振舞え賄賂を渡せ、相手に気付かれずに追跡しろ、偽称するならなり切れ。確かに地味ではあるのだけれど、仕事は役者と詐欺師とストーカーを合わせたような内容でフィクションじみている。スパイ映画ではない、というだけで犯罪小説には類似点が多いのだろう。地味といえば給与は出来高制で、それも経理が渋った上で渡すというのが意外だった。仕事量は膨大だろうし才能があるなら詐欺師を選んだ方が儲けは多そう。いや、それを理解した上でのスパイなのだ
読了日:10月06日 著者:ウォルフガング・ロッツ
https://bookmeter.com/books/574560

■地獄のハイウェイ (ハヤカワ文庫 SF 64)
終末ものにしては飢えてないし車で走ってるし……と思うところはいろいろとあるけれど、そも書かれていることはヘルスエンジェルス(元?)の精神性や母国の荒廃を前にした男の改心なので、つっこむのも野暮だろう。竜巻荒れ狂う砂漠を行き、襲いくる蜘蛛や蝙蝠の群れを火炎放射で焼き尽くし……最期は自分の銅像に落書きをして去っていく。叙述がかなり映像的な文章なので、そのまま映像化しても面白そう。個人的には最期にハーレーに載って欲しかったかな。やっぱり”ヘル”の象徴なので。
読了日:10月02日 著者:ロジャー・ゼラズニイ
https://bookmeter.com/books/522510


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