2013/06/01-

時間の無駄だから読まないほうがいいよ。

平家2

 また今度

 祗王とびわの「握手」と「また今度」。ショットと台詞は互いに強化し合い、二人の関係性を強化する。赤の他人から友達へと距離は縮まり再開の予感は高まる。

 しかし、ショットは物語の進行に伴い逆走する。祗王は出家し徳子はそれを言葉で伝えるが、二人の友情などというものは存在しない。そこではむしろ握手が切断の表象、二人だけではなく祗王の人生の崩壊を表すものとして機能している。(1)

 事態を知り屋敷を飛び出すびわと徳子の握手でさえもそうだ。徳子の手はびわへの忠告というよりも祗王との別離を彼女に託すためにつながる。(2)

 山田尚子の演出している回は構図に目新しいものはないのだけれど、身体を利用した表現が素晴らしい。身振り手振り、目線が他人と交わり、ほどほどに、ふれるように感情を揺さぶってくる。かといって表現に固執するというわけではなく、プロット上の感情の起伏に連動しており構築性もある。(この”ほどほど”が日常系に誤読させてしまう原因ではあるのだけれど)

 ただ、ふわっとしているということは次に何が起こるかわからない、ということもあるわけで、まぁ、つかれる……。