印象 2013/06/01-

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完全なるワーグナー主義者

  バーナード・ショーによる指環解説本。20世紀前半の教条的なリベラリストらしい社会主義リアリズム風な解読が特徴。北欧神話を素材につくられ、1945年のベルリン陥落を髣髴とさせる結末故にナチズムを用意したとまでいわれる作品を彼が解説しているのもなんだか不思議な話だが、元々音楽評論家だったことがきっかけになったらしい。おかしな縁で書かれた本書だが、ワーグナーと同じく革命にある程度理解があるおかげで、ラインの黄金からジークフリートまでの流れを貴族社会の崩壊と市民社会の誕生の戯画として明階かつ筋を通して解説してくれる。ドイツ民族の神話としても参照される作品がリベラリストによって解体されるというのは皮肉なことだが、筋の複雑さに加えて、ヴォータンやジークフリートのように気分があちこちへ飛ぶ登場人物が多いだけに、一つの視点から意味付けをしつつ筋を示してくれる本は存在するだけでもありがたい。

 曰く、ラインの黄金は貴族ヴォータンと資産家アルベリヒの闘争を通して金権の醜悪な様子を戯画し、ワルキューレは社交界の長であるヴォータンが反政府勢力を葬るために別の階層で拵えた無政府主義者ジークムントを悲劇的に描き、ジークフリートはそれらすべてと縁を切った希望の無政府主義者ジークフリートを提案している。

 アルベリッヒは貴族社会や社交界の美しさに憧れるも拒否され、金の亡者に成り果てた哀れな男、隠れ頭巾はシルクハットを象徴し、慈善事業で労働者につけいって知らぬ間に金銭を搾取する金持ち(ヴォータンがワルハラを建造する際に巨人族と一騒動起こしていることを考えるとなかなかおもしろい説だ)、ジークフリートをヴォータンが権力者、法の番人という地位を維持しながら非合法な手段でアルベリッヒらを打倒する非合法な手段と見ているのが新鮮だ。

 ただ、ジークフリートまでを革命劇として作品を読んでいたショーが神々の黄昏に解説にはいるなり、前置きからこれを大仰で無意味なグランドオペラへの退化だと失望しているのが興味深い。せっかくジークフリートによって契約の鉾が砕かれ、旧体制が打破されたのにわざわざ世界を終わらせつ必要はない。ましてや愛を叫ぶのはもってのほかということらしい。

 結果論になるが、彼のいう二十世紀前半に生まれたジークムントの子どもたちは神々を撃ち殺すという市民の願いは叶えたはいいが、その後も指環の筋書き通りにソビエトで、あるいは中国で、いまでも北朝鮮で同志を吊し上げて虐待している。無知であったが故にギービヒ家のハーゲンの術中にはまって背後を刺されたジークフリートそっくりだ。初期の社会主義者には共産主義国家の党員の特権階級化、全体主義化や90年代のソ連邦の崩壊とその後の混沌がまったく見えていなかったことの証明だろう。革命は既存の習慣の打破から生まれるのだろうが、無作意な破壊は生活基盤そのものを破壊してしまう。ショーはオーウェルやケストラーのように社会主義の未来を読めなかったが故に指環を読み誤った。

 しかし、彼の発明した政治的読替は戦後にドイツの地に引き継がれている。私はシュトゥットガルトジークフリートは金持ちのデブ親父の元で育った反抗期のデブで、テレビゲーム感覚でノートゥンを鍛えるバカという演出が大好きだ。彼が社会主義を称えるためにおこなった読替えは逆に革命の難しさを、間抜けさを風刺するという形で生存している。ショー自身は文句を言うだろうが、彼の発明はまだ生きている。

完全なるワーグナー主義者

完全なるワーグナー主義者