ワーグナー:楽劇《ラインの黄金》(メト版)
北欧神話のヴォータンと巨人の間に起こった神々の住処の賃金未払い騒動を種にした楽劇。原作ではトールによって巨人が打倒され物語は終わるが、本作ではギリシャ悲劇を思わせる災禍の連鎖となっているのが面白い。借金前借りで自分の城を建てるヴォータン、取立てに来た巨人を殴り殺そうとするドンナー(トール)、ラインの乙女に失恋し、慰めに彼女から奪った黄金でつくった指輪をさらにヴォータンの借金返済のために奪い取ら世界を呪うアルベリヒ、ヴォータンから借金代わりに渡された指輪に呪い殺される巨人族、最初から最後まで嘆き悲しみ唄うラインの乙女たち。全体を包み込むようにちりばめられた悲劇が心を打つ。また、悲劇は小人と巨人だけにとどまらず、ヴォータンも巻き込んだ指輪の奪い合いへと発展して神々の分裂を招き、黄金自体は第二夜のジークフリート、ギービヒ家によって拾われ神々の黄昏へとつながっていくのだが、このスケール感も中々。
演出はオットー・シェンクによるもので、絵画のような幻想的な雰囲気が漂っている。書割いっぱいに描かれたヴァルハラの下でローマ風の鎧にマントを着用し権力を振り回すヴォータンと彼に振り回されるギリシャ風のキトンを着た女たち、その周辺で巧みに距離を取りながら神々を翻弄する蔦だらけのローゲ。羽衣をまとって岩山を上へ下へと舞うラインの乙女とそれを必死に追うヒキガエルのようなアルベリッヒはアンデルセンの童話を思い出させるし、全体的に完成度は高いとは思う。
ただ、ワーグナー自身が嫌悪した「見た目だけ荘厳で、中身を伴わない演出」であることは否めない。衣装ひとつとってもヴォータンはローマ、フリッカはギリシャと国はばらばらで統一感がない。
特にアルベリッヒはラインの乙女にいじめられるためだけの造形で辟易させられた。”愛を捨て権力をとること”で政治力を振り回し、見せかけの愛と繁栄を謳歌する傲慢な神々に対置することになる人物なのに、見た目で悪を表現しても意味はないだろう。(王服から背広への交代劇として描いたシェローの方がまだ物語を立体的に表現できている)
いずれにせよ、(非歴史的)絵画史的な意味でのゲルマン史の延長で指環を演出した記録映像はこの他には存在しないので貴重な存在だといえる。また、ブロードウェイの国だけあって振付もわかりやすいし、初心者にはもってこいの作品なのではないか。
- アーティスト: モリス(ジェームス),イェルザレム(ジークフリート),ヘッガンダー(マリー・アンネ),ヴラシハ(エッケハルト),ツェドニク(ハインツ),ルートヴィッヒ(クリスタ),メトロポリタン歌劇場合唱団
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