印象 2013/06/01-

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五月の読書鑑賞五選

 

RAN 乱

RAN 乱

 

 親子の情に滅んだ一家の物語。早すぎる家督相続に心躍らせ父親から部下を剥ぎ取り、挙句の果てに城内から追い出す長男、頭領の座を狙って長男を射殺す次男、彼らを身体で誘惑し扇動する妻、一家離散の隙を突いて城を焼き払おうとする隣国綾部。ドミノ倒しのように次々とつながっていく悲劇が観るものを圧倒する。
 大筋はリア王だが、悲劇の起源を家督相続それ自体ではなく主人公の悪逆非道に求めている点で大きく異る。シェイクスピアの作品が追放されるリア王と同情したグロスター伯の抉眼というふたつの一家の破滅によって親子の情のあり方を問うたのに対して、黒澤は滅ぼされた前城主の娘楓の扇動と一文字家崩壊、抉眼によって光を失った鶴丸の遡及と秀虎発狂を描くことで封建時代の戦争を連続体的に描いている。(一次大戦を忘れられず二次大戦に突入したドイツを髣髴とさせる)赤に代表される一郎方の騎兵と三郎方の鉄砲隊が大海の渦のように平原をうねり、藁のように人が倒れていく光景は親子の情の儚さを印象づけると同時に、封建時代の怨念の恐ろしさをつきつけてくる。
 お家騒動という場所移動の必要のない題材であること(三一致原則も維持)、リア王を下敷きとしていることからもわかるとおり、本作は舞台でも上演可能だ。そんな筋が映画的なものとして完成できているのは、やはりスケールの大きさだろう。城郭で交わされる父子の行列の優先順位をめぐる縄張り争いと国の象徴たる馬印の奪い合い、父秀虎追放の時に永遠の別れを宣告するように音を立てて締まる城門、逃げ延びた先で又しても我が子の手により焼きつくされる天守閣、放浪中に頭首時代の悪行を攻め立てる巨大な城跡。超望遠による圧縮効果、フルショットとロングショットを多用しクローズアップを排除することで作品のスケールを途方もない規模へと広げている。(作中の衣装のきめ細かさや甲冑の微妙な反射光、蠢く騎兵隊など、画面の構図と精密感が非常に洗練されている。50インチ以下の画面での鑑賞は意味がないと思われる)
 そういった作風に負けないくらいに狂気に満ちた演技を魅せる仲代達矢も素晴らしい。老後の安楽を語る時の微笑み、三郎の無礼を叱る時の鬼のような形相、追放され現実と空想の区別がつかなくなり花を積む時の呆けた表情、城郭を見て過去の罪を思い出した場面の苦悩に満ちた表情。脚本上の鬱陶しい爺が仲代の演技によって喜怒哀楽すべてを兼ね備えた人間になっていく過程は圧巻だ。

 

THRONE OF BLOOD

THRONE OF BLOOD

 

  権力欲に溺れ滅んだマクベス夫婦の物語。
 のちに黒澤が映画化することになるリア王と同じ下克上を題材とした作品だが、映画化した「乱」よりも心理描写に重点を置いている。予言の通りに戦友を裏切り、天下をとれと”すり足”の音高々に鬼の形相で迫る妻浅茅、その妻に言葉巧みに騙され、主君を刺殺し戦友を部下に殺めさせる武時。両手の血を洗い流す間もなく、息を弾ませ後悔する彼の人間臭さ、弱さは同情を誘うものがある。
 また「乱」同様に舞台劇の映画化だが巧みなカメラワークで退屈をほとんど感じさせない。流産の報を受け走る鷲巣を押さえる真正面の固定カメラ、宴席で一瞬だけ捉えられた亡霊となった白塗りの三木と武時のツーショット。(武時にだけ見えている事が明確に伝わる名場面だ)。霧に囲まれた蜘蛛巣城と迫る森というシチュエーションも武時の臆病な内面を表しているようで面白かった。
 シェイクスピアの筋を忠実に守りつつ、現代的なサイコサスペンスとしても鑑賞可能にした傑作。

 

ハムレット・シンドローム (ガガガ文庫)

ハムレット・シンドローム (ガガガ文庫)

 

  ハムレットメタフィクション久生十蘭)のメタフィクション福田恆存)のメタフィクション樺山三英)。あくまで第三者視点から現実でハムレットを演じる役者/病人を描いていた久生の作品に、福田のハムレット解釈(メタな視点を持った確信犯的な人物)を加えて主観性を獲得している。ハムはグローブ座に熱中するあまり現実を見失い、オフィーリア演じる少女は主人公に失恋して入水し、ギルデンスターンはストッパードに与えられた運命に怯える。

 すべてをメタに捉える登場人物から観た劇/現実には、もはやハムレット/刺客/ハムレット/役者/自分の区別はなく、ただ演技する主体だけが残っている。読者の目をも盗み、現実感を震わせるような物語構造、語りが魅力的な作品だった。

p.92,107,122,127,140,168,175,180,182,144

 

 

怪奇探偵小説傑作選〈3〉久生十蘭集―ハムレット (ちくま文庫)

怪奇探偵小説傑作選〈3〉久生十蘭集―ハムレット (ちくま文庫)

 

 

ハムレット、刺客のみ再読。頭を打って現実と劇的空間の区別がつかなくなった富豪の物語、自覚的に劇中劇(?)を演じている人々が印象的だった。断崖に建てられた真四角の屋敷の中で独り語り続けるハムレット、17世紀で止まった彼の時間にあわせてテニスや鷹狩に興じる使用人たち、城外(現実)からレイアーティースを送り込み、劇を終わらせようとする坂井ことクローディアス、役者に惨殺されるハムレット(刺客)と劇的なる死を求めるハムレットハムレット)。
 メタフィクションのような設定なのに劇的空間を受け入れ、現実と劇を行き来する様子が読者を嘲笑っているようで面白い。

p.461,454,456,474,426

 

 

膚の下(上)

膚の下(上)

 

  人造人間の自己形成の物語。兵隊としてつくられたアンドロイドが人間や機械と対話、衝突しながら自我に目覚めていく様子が面白い。機械であるが故に訓練施設で受けた差別、銃撃戦後の「人間の戦死者が出ている中で人造人間は何故死ななかったのか」という遺族からの理不尽な問い、銃撃戦で感じた”恐怖”。逆に人間以上に人間らしく振る舞い「罪は背負うしかない」と説く機械人。
 どちらが人間的なのかを混乱させるような経験を通し、それらを適当にあしらう方法を学び、さらに機械としての自覚を持って受けた傷を「アンドロイドとしての誇り」だと語るまでに成長する過程は実に刺激的だ
 簡単に他人を蹴落とす人間の非情さを乗り越え、創造主のために人類が捨て去った星で再開発に励む孤独な姿、文盲の子どもに文字を教え、惑星改造完了後に遺書として私の日記を読めと諭す場面は人間には真似できない美しさがある。ディックの「思いやりのある機械と非常な人間の境界はどこか」という問いに対するひとつの回答としても読めるのではないだろうか。
p.92,103,141,171,223,287,378,383,411,430