印象 2013/06/01-

オールタイムベスト http://efnran.hateblo.jp/entry/2016/01/01/000000

西部戦線特集

 というわけで、西部戦線映画全レビューはひとまず終わり。代表的な戦争映画を時系列順に鑑賞して大戦の全体像を把握することは成功したと思う。

 

 今回は下のような順番で作品を鑑賞。(話数のみはBoB)

第一話『翼のために』

史上最大の作戦

プライベートライアン

第二話 『ノルマンディ降下作戦』

第三話 『カランタン攻略』

遠すぎた橋

第四話 『補充兵』

第五話 『岐路』

バルジ大作戦

第六話 『衛生兵』

第七話 『雪原の死闘』

第八話 『捕虜を捉えろ』

レマゲン鉄橋

第九話 『なぜ戦うのか』

第十話 『戦いの後で』 

 

1)西部戦線特集を終えて-『史上最大の作戦』を中心に-

 このような順番にしたのは作戦映画とアクション映画を交互に鑑賞することでマクロ、ミクロな情報の両方を得ようとしたため。例えば、BoBで描かれた第101空挺師団の降下は101師団の見える範囲での状況しか得られない。実際には後方で上陸準備がすすみ、第101師団の任務はそれらと相互的な関係にあった。今回、この順序で鑑賞することで戦術、戦略、はては西部戦線全体の状況を把握することができた。

 

2)西側資本の戦争映画に宿る良心

 意外だったのが、八十年代以前の戦争映画がそれなりに面白かったこと。それなりに歴史をかじったことのある人に『史上最大の作戦』や『バルジ大作戦』の感想を聞くと、ほとんどの人が連合軍のプロパガンダ、退屈極まりないというような感想が返ってくることのだが、腰を落ち着けて観てみるとそんなことはない。

 確かに『史上最大の作戦』中で描かれるD-dayは艦砲射撃をものともせず連合軍万歳を絶叫するフランス人や口笛を吹きながらビーチを行進する様子は敗戦国に生まれた自分からすれば連合国のプロパガンダに視えてしまい、娯楽映画として割り切ることができない。ジョン・ウェインヘンリー・フォンダも常時ドヤ顔で聖人のように振舞うし、場所によっては口笛を吹きながら陽気に上陸している場面は正視するのが難しい。

 しかし、戦線全体の状況や作戦立案部分の練り込みは目を見張るものがある。必死にビーチに地雷を埋め込む独兵、それを急かしつ上陸時期に頭を悩ませるロンメル独軍上層。彼らにはドーバー海峡を挟んだ対岸に「化け物」が見えている。ルントシュテットに交代して以降は悪い予感が画面内に漂い、明らかに敗北が透けてみえているのだけれど、それはあくまで策を練った上での油断であって精神的な怠慢から来たものではない。あくまで最良の手段を尽くした結果として描かれている。敗北を予感しつつ軍人としての忠義に動く彼らの印象的なこと。

 おまけに独軍の制服がかっこいい。そそれはもう、悪の枢軸には見えないくらいにかっこいいのだ。これらの映画がミニタリーマニアを生んだ理由もわかろうというもの。

 見るべき場所を間違えなければ十分に鑑賞に耐える作品郡だと思う。

 

 そしてまた、上記の忌々しいご都合描写の大半は、映画の後半部に集中している。これは前半(起承)で説明した“膠着した状況”を後半(転結)で“打開”するという、物語の性質上当然のこと。状況の打開は即ちカタルシス、然り連合軍の聖なる行進はここに集中する。評判の悪い西側戦争映画もこの辺りをばっさりと切ってしまえば全然印象の違うものになる。例えば『史上最大の作戦』が十字軍の行進のようになってしまうのは上陸作戦がはじまって以降、すなわち作戦立案が終わった直後だから、立案場面で停止ボタンを押すことで戦史映画としての耐久力を得ることができる。物足りなければプライベート・ライアン、あるいはバンブラの二話を挿入するといい。

 

第一話『翼のために』

 トコア基地の回想で空挺降下訓練の日々が綴られる。ひたすらアスレチックや山への上り下りを繰り返し体力、精神的に鍛えられていく様子が印象的。興味深かったのは懲罰のあり方。日本やロシアのような私的制裁や精神注入棒のような暴力性は無く、過失に対する懲罰が予め決められた範囲から出ない。不条理な上官が象徴しているように、このような描写自体がアメリカ的な物語のための演出かもしれないが、このように軍事訓練を描いた作品はあまりないと思われる。

 

 前半は作戦映画。連合軍の上陸に頭を悩ます独軍側の姿が印象深い。施設すべき地雷の数について怒鳴りながら、来るべき上陸の日が如何に過酷なものになるかを主張するロンメルの姿。悪天候の中で上陸日に悩む連合軍司令部、作戦中止に苛立つ兵隊らの姿もなかなか型にはまっており、半世紀後のBOBにまで受け継がれる要素がいくつも観る事ができる。 また、博打を運の捨て場と解釈する兵隊など中々憎いエピソードもはいっていて面白い。

 

後半からの上陸作戦は古き良き米製戦争映画。神の如き米兵が必中の弾丸と手榴弾をばら撒きながら海岸を行進していく。不死身の連合軍がドイツ兵を虐殺していく。こちらはパクス・アメリカーナに理解がないと中々楽しめないかもしれないが、バラエティ要素が満載で中々興味深い。

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ナショナルな主張に注目しすぎて見過ごされがちだけど、映像レベルでここまでゲスイことをやってのけた西側戦勝国の映画、もとい“ハリウッド映画”は他にない。オマハ・ビーチはもちろん、投降兵を銃殺するゲス顔の兵士、ライアン捜索等の不条理な命令、その過程で死んでいくC中隊の面々の血なまぐさい表情は観る度に驚かされる。

第二話 『ノルマンディ降下作戦』

 降下からバラバラになった兵らが再集結するまで。戦闘場面がなかなか巧み、塹壕でつながった砲陣地を縫って歩く姿が良い。西部戦線もののお約束なのか、身内の仇討ちとしての虐殺もある。

第三話 『カランタン攻略』

 カランタン高地攻略。主軸は成長物語で初陣で怯えるばかりだったブライス二等兵が段々と兵士としての自覚を手に入れていく様子が描かれる。やはり強き指導者に率いられて云々が動機になっており、特に語るべきことはない。結末を反戦的と捉える向きがあるようだけど、どうもその片読み取れなかった。

 

 

モンティの功名心の下に決行されたマーケット・ガーデン作戦を描いた英仏の歴史絵巻。戦勝国側が製作した映画としては珍しく連合側の負け戦を描いた良心的な映画(しかも、かなり丁寧)。無謀な橋頭堡確保命令の下で死んでいく米英兵の姿が哀しい。

 前半は作戦映画のテンプレ通りに準備描写からはじまるのだが、立案者がモンティだったり地理、機甲部隊の配備情報が決定的に欠落していたり、通信機の技術的欠陥が明らかになったりと画面に漂う雰囲気がやたらと不気味で面白い。ブラウニング中将にダーク・ボガードを配置しているのも中々。

 群れで押しかけんとする機甲部隊も凝っている。特にイージーエイトのエンジンスタート、それを合図にぞろぞろと隊列を組んで走っていく戦車群は俯瞰描写のツボを見事に捉えている。輸送機が離陸する場面もグライダーの牽引ロープを段取りとして挿入していてテンポに変化をもたせていて心地よい。

 英国が噛んでいるからなのか、段取り描写に傾倒しすぎなのかはわからないが、後半の戦闘場面は淡白な印象が拭えない。いや、だからこそナイメーヘンを渡る空挺師団の(半分虐殺に近い)渡航が映えているのだけれど。

 戦勝国の解像度の高い戦争映画はプライベートライアンだけ、なんてことはなく三十年以上前にイギリスはこの映画のナイメーヘンで屠殺されていく連合軍をやっていたというのはけっこう重要なことっぽい。

第四話 『補充兵』

連合軍最大の失敗であり、これまでに遠すぎた橋という題でも映画化されたマーケットガーデン作戦。市民から連合軍が歓迎される影で髪を剃られる女たち、隠蔽された機甲部隊の餌食になる戦車、急な撤退についていけず取り残される兵、致し方なく独軍を重賞で殴りつける敗残兵。失策のイメージが強いからなのか、全体的に暗澹たる雰囲気に満ちている。

舞台が戦車の随伴部隊として描かれているのも面白い。『遠すぎた橋』で描かれた空挺があくまで橋頭堡を確保する存在だったのに対して、このエピソードでは情報が不足する中で戦車と共に独軍に屠られる者たちとして描かれている。戦車の縁に腰掛け、市街突入時には先行者として車に警告を与えるなど、随伴歩兵をこれほど緻密に描いた作品はこれまでになかったように思う。

第五話 『岐路』

  大隊長副官の書類整理体験記。報告書を作成している間に、時にパリの地下鉄で思い浮かぶ少年兵射殺の記憶。仕掛けが少し面白かったが、BoBのカメラでやるには少し限界があったと思う。

印象的だったのはむしろラストのバストーニュへ流れ込む敗残兵の群れ。独軍最後の賭けに砕かれトボトボと後退していく様子、そして後に押し寄せるであろう独軍を思い唾を飲むE中隊の構図がとにかく美しい。これだけでも見る価値がある。

 

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 第六話 『衛生兵』

 衛生兵から観たバルジの戦い。バストーニュの戦いとはいえ、主人公らが空挺である以上はバルジ大作戦のような映画にはなりようがない。それゆえ、今回は衛生兵ユージーンを主人公に設定しているのだろうが、それが幸を奏して幻想的な作品に仕上がっている。雪原に倒れこみ、鮮血を吹き出す米兵たちが妙に美しい回。

第七話 『雪原の死闘』

 孤立無援の第101空挺から観たバルジの戦い。物語としてかなりまとまった回で、戦場ジョークと古傷自慢で語られた兵士らの絆が砲撃で粉々に砕け散る様は圧巻。また、新任の無能指揮官の動作(人の話を聞かない、あくび)が結果として古参兵の株揚げにつながっているのも印象的。

第八話 『捕虜を捉えろ』

  新兵と負傷兵復帰物語。時系列的にはレマゲン橋の前哨ともいうべき回でライン川の向こうの情報収集、即ち斥候が主人公。ただし、お話としては巨視的な戦況云々よりオランダ以来の復帰となる兵と新任軍曹が中心に据えられており、二人が先頭を通して隊に馴染んでいく様子が描かれている。

 

 

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 ルーデンドルフ鉄橋攻防絵巻。橋架奪取の失敗を描いた『遠すぎた橋』の続きともいえる作品。上の命令と単純な進軍命令を出す上官、倒れた独兵から笑顔で剥いでいく兵隊がやたらと目立つ。失敗した作戦でもないのに異様に重々しい空気が漂っているのが印象的だった。ただ、どうも映像と音楽、物語自体がちぐはぐで全体としてはあまりよろしくないように思う。バーンスタイン作曲のメインテーマがあまりに陽気で物語の重々しい雰囲気や余韻についていけていない。

断片としては非常に有能な映画で、冒頭の傷病兵を満載した貨車と猛烈な勢いでそれを追撃する米軍の対比なんかはかなり美しい。エピソードの配列で損をしている映画だと思う。

第九話 『なぜ戦うのか』

 終戦処理物語。ルール地方のB軍集団の包囲降伏、ダッハウ収容所の解放劇など敗戦を迎えてあたふたするドイツを軍民問わずに描いている。歴史劇としてはかなり強度が高い回で、一般市民がダッハウについて知らなかったこと、米軍側が民族単位で責任を求め、痛いの処理をさせたエピソードも挿入されている。また、平然とした顔で略奪行為も描かれており、同様の描写があるレマゲン橋よりも慌ただしい。

第十話 『戦いの後で』

  戦後処理物語。ベルクホークへの一番乗りと略奪、ホロコーストを名分にしたドイツ人虐殺、暇を持て余してのアル中化等々。ベルクホークへの道のりをクラヒー山に見立てた追いかけっこが一話からの道のりを感じさせる。

おまけ

 

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 PC版をやったあとに手を出すと操作が恐ろしく難しく感じる。慣れればどうということはないのだけれど、最初がオマハ・ビーチだから挽肉にされながら練習しなきゃならないのが辛いところ。プライベートライアンの冒頭そのもののノルマンディーも楽しいが、操作性から言って後半のスパイごっこが一番楽しい。ビールの匂う酒場喧嘩は見もの。

 

 

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 グラマンJ2F対Uボート。同胞を弔うために英国人が水陸両用機で南米の空を飛ぶ。

 目を血走らせて潜水艦を追うP.オトゥールの演技も良いが、それに引けを取らないほどにJ2Fの精細な描写が圧倒的。プスプスバチバチと咳き込みながらも頑張るエンジン、脚を震わせながらも必死に水を掃くフロート、離陸後のエンジン不調や失速の中にあっても機体を支え続ける翼等々、機械の身体的表現というべき部分を細かく描き込んでいる。敵であるUボートも潜水時に横舵のカットを入れたり、スクリューが巻き込んだ泥を描いたりとなかなかのもの。他にも旋盤で個々の部品をいじるカットがあるなど、機械関係の描写は兎に角濃密。ただ、肝心の戦法はサーチ&デストロイ、物語がマーフィーの殺意に重点を置いているので、いまいちまとまりに欠けていたと思う。地図を用いた立案場面くらいはいれてもよかったのでは
鑑賞日:01月19日 監督:ピーター・イエーツ

 

 

 

 ボーイズ&パンツァー。飛び交う曳光弾、悠々とM4の75mmを吹き飛ばし、逆に屠っていくタイガーI、これほど“鉄の嵐”を表現しきった映画はこれまでなかった。特に耳をつんざくような跳弾音や霧に濡れる装甲、春先の泥土を確実に踏みしめるキャタピラ等々の質感表現が素晴らしい。B&Bでも見ることのできなかった鉄の塊としての戦車の特徴を十二分に押さえている。(このあたりはG&Pとは別ベクトルで良かった)。 火達磨戦車兵や通過儀礼としての捕虜虐殺等々のライアン二等兵以来続いている鬼畜米軍描写もちらほら挿入されていて、イデオロギー的にも安定感がある。物語としてはいまいちだが、演出面でかなり光っている戦車映画